
正に“不死鳥”のごとき戦いぶりは、チームの進化を示すのには十分なものだった。
クラブ初となるBリーグチャンピオンシップ・セミファイナル(CS・CS)に挑んだ三遠ネオフェニックスは、琉球ゴールデンキングスを相手に87ー85で先勝。ダブルオーバータイムにまでもつれ込んだ第2戦は98ー100で惜敗し、最終第3戦を69ー77で敗れて初のファイナル進出にはあと一歩届かなかった。
レギュラーシーズンは47勝12敗で中地区2連覇を果たし、クラブ記録となる22連勝を飾るなど強さが際立った今シーズン。優勝候補の一角に挙げられる程の力があっただけに、チームにとっては悔しい結果だろう。
ただ、いずれも死闘となった3試合において、選手たちは土俵際で踏ん張り続けた。果敢にルーズボールに飛び込み、リバウンドを全員でつかみに行き、勝負どころでのクラッチシュートを何度も沈めた。その姿は、連日4,000人超が詰め掛けたホームのファンの心を強く震わせたはずだ。
名将・大野篤史HCが就任してから3年。その前の2021-22シーズンには10勝しかできずに地区最下位に沈んでいたドアマットチームは、劇的な変化を遂げた。
“奇跡”に阻まれるも、貫いた「這ってでも勝つ」姿勢
5月19日夜、浜松アリーナ。
ゴンッ。大浦颯太を象徴する“ロゴスリー”がリングに弾かれる鈍い音が響いた。それまでの大声援が嘘のような静寂がアリーナを支配する。数秒後、試合終了ブザーが鳴ると、客席の一部に陣取った琉球ファンから歓声が上がった。
ヤンテ・メイテンはタオルを被って泣き顔を隠し、三遠ファンの中にも目頭を押さえる人も。その涙は、試合にかけるチームとファンの熱量の高さを物語っていた。
セミファイナル突破に限りなく近づいた。第2戦では第4Qの残り数秒で79ー77とリード。しかし、残り1秒を切って琉球の松脇圭志に奇跡的なサーカスショットを決められ、オーバータイムに持ち込まれた。紙一重でファイナル進出を阻まれ、精神的なダメージは極めて大きかったはずだ。
それでも、選手たちが下を向くことはなかった。
オーバータイムでは立場が反転し、残り23.3秒で82ー86と追う立場に。敗色濃厚な時間と点差だったが、吉井裕鷹がファウルをもらいながら3ポイントシュートを沈める。フリースローを外し、再び3点に差を広げられたが、今度はデイビッド・ダジンスキーが残り1.1秒で長距離砲をヒットさせ、ダブルオーバータイムに持ち込んだ。
結果的に50分に及ぶ死闘で勝ちを逃し、さらにこの試合では、エースガードで主将の佐々木隆成が左足アキレス腱を断裂して離脱。苦しい状況に追い込まれたが、翌日に行われた第3戦も激しいディフェンスや素早いトランジションという自分たちのスタイルを貫いた。
2月にあった天皇杯準決勝で琉球に敗れた際、大野HCは「這ってでも勝たないといけない試合がある」と厳しい表情で言った。敗れはしたものの、セミファイナル3試合の戦いぶりは、その姿勢がチームに浸透した事は明らかだった。
第3戦後、指揮官は悔しさを滲ませながらも、納得の表情で選手たちを称えた。
「選手たちが、自分たちのためだけでなく、今日来てくれた、たくさんのブースターなど自分たちを支えてくれている人たちに喜んでもらうためにタイトルを欲しているように見えました。それが、第一段階として自分が本当に作りたかったカルチャーです。もちろん、勝った時にしか味わえない充実感や満足感を味合わせてあげたかった。結果は自分たちが望むものではなかったですが、選手たちが一回り成長してくれたと思います」
中でも、3試合で11本もの3ポイントシュートを決め、平均16.0点を記録した吉井は出色のパフォーマンスだった。「プロの世界は結果が全てなので、優勝に手が届かなかったチームという感じで終わると思います。悔しいですけど」とは言ったが、その前のコメントを発する表情は誇らしげだった。
「今日の試合も我慢できている場面がいっぱいありました。今シーズンの三遠は本当にいいチームでした。優勝はできなかったんですけど、日本で一番いいチームだったと思います。コーチ陣、選手が一言も言い訳をせず、やり切ったことを誇りに思います」

根本大、湧川颯斗という若手が活躍できた訳
若手が伸び伸びとプレーする姿も印象的だった。
特に22歳のルーキーである根本大は佐々木が欠場した第3戦で30分38秒コートに立ち、3本もの3ポイントシュートをヒット。昨年12月に特別指定選手として加入し、いずれもキャリアハイの数字である。この試合でCS初出場を果たした21歳の湧川颯斗も13分36秒の出場時間で積極性を貫き、10得点を挙げた。
主力が離脱しても、それまでプレータイムが少なかった選手がステップアップし、強さを維持できることは真に強いチームであることの証左の一つだ。
ただ、一つひとつのポゼッションの重みが格段に増すCSの舞台。経験の浅い選手が萎縮してしまっても不思議ではない。なぜ、彼らは堂々とプレーすることができたのか。
大野HCに見解を聞くと、以下のように答えた。
「自分自身のために戦っていないからだと思います。湧川は『絶対に見せてやる』という気持ちが見えたし、大はこのCSで大きく成長したと思います。僕が彼らに求めるものは、そのハングリーさです。それを引き出すためには、リラックスさせ過ぎないことが大切。選手は常に競争することで成長します。そして、それが自分のために戦うのではなくて、支えてくれている皆さんのために戦うことで、人間性が成長する。そこが見えたと思っています」
支えてもらっている、誰かのためにーー。この戦う動機が、チームへの合流からそこまで時間が経っている訳ではない根本にも確実に定着していることは、本人の言葉からも分かる。
「自分がコートに出る以上は勝ちに貢献しないといけないと思っています。柏木さんや隆成さんは普段から自分を気にかけて、声を掛けてくれます。『2人のためにも』という気持ちがあったし、隆成さんは大野さんの『タイトルを一番欲しがるチームになろう』という言葉を体現していた選手でした。隆成さんが出られない悔しさを、自分が少しでも減らせたらいいなと思ってコートに立っていました」
誰が出ても自分たちの戦い方を維持し続けられた要因について、吉井は「どんな選手がやっても再現性があるからということに尽きる」と言った。それぞれの個性を生かしながら、共通認識を持って全員で戦う。プレーをすることが自分だけのためではないからこそ、チームの完成度が高いレベルで安定していたのだろう。

「なんてお客さんが少ないんだ」からの劇的な変化
Bリーグ初年度こそCSに出場したが、それ以降は最下位争いに身を置くシーズンが多かった三遠。大野HCは自身が就任した際、ホーム会場などで「なんてお客さんが少ないんだ」「自分たちの認知度がなんて低いんだ」と感じたと言う。
しかし、今では体を張って戦う選手たちを大声援で支え、勝てば共に喜び、負ければ共に涙を流す多くのファンがいる。現状を変えるために来た、という大野HCは「今年で3年目になり、積み重ねがあって今のような風景が見えてきたと思っています」と前向きな変化を肌で感じている。
ただ、まだまだ満足はない。
「もっともっと大きな風を作りたい。三遠の地域の皆さんにフェニックスを誇りに思ってもらいたい。そのためには、僕らはやり続けるしかない。今までやってきたことをもっともっと進化させる必要がある。もっと皆さんのために戦わなきゃいけない。これを積み重ねていって、初めてカルチャーができてくる。歩みを止めないように、満足しないように、フェニックスというチームも、会社も、前に進んでいかないといけないと思っています」
クラブ初のセミファイナル進出という新たな歴史の扉を開いた三遠。最後は悔しい結果で終わったが、これもチームがさらなる進化を果たすための糧となるだろう。不死鳥は何度でも立ち上がる。そして、その度に強さを増していくはずだ。

(長嶺真輝)