「また戻ってきたい場所だなと」 秋田ノーザンハピネッツ前HC・前田顕蔵氏が語る、契約解除の理由と11シーズンを過ごした秋田への深い愛
インタビューを受ける秋田ノーザンハピネッツ前HCの前田顕蔵氏©Basketball News 2for1
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 2025年12月25日、Bリーグ1部・秋田ノーザンハピネッツは前HCである前田顕蔵氏との契約解除を発表した。

 2015-16シーズンにアシスタントコーチとして秋田に加入してから、実に11シーズン。長きにわたりチームと苦楽を共にしてきた前田氏だったが、今シーズンの契約解除前までの成績は4勝22敗と苦戦。契約解除のアナウンスに際しては、「チーム、クラブを考えた時、変化が必要でした」と決断に至った理由を述べていた。

 新たな道を歩むことになった前田氏が、秋田との契約解除に至った経緯や、11シーズンを過ごした秋田への思いなどを赤裸々に語ってくれた。(取材日:2026年1月13日)

新たなスタイル構築に苦戦「しんどかった」

ーー秋田に来て今シーズンで11シーズンが経ちました。この11シーズンを振り返ってみていかがですか

うーん、濃いですよねぇ。すごく、濃い。今思うとあっという間なんですが、ずっと走り続けてきた感じがある。だけど、すごくハピネッツの歴史とともにこう(手で段階を踏んでいるような動作をしながら)、一緒にこう(成長)させてもらったのはすごくいい。本当に。(秋田の前に指揮を執った)香川とはまったく違う経験をさせてもらったというか、育ててもらったというか、一緒にやってきたというか、そういう感情があります。

ーー今シーズン、残念ながら途中で終わってしまったわけですが、ここまではどうでしたか

いやぁ、しんどかったですね。しんどかったですねと言っても、まだ(チームは)やっているんですけど、僕自身は申し訳なかったなという。僕自身、契約最終年で、プレミアに行く前の勝負の年と位置づけしていたシーズンの中で、今年チャレンジしようとなったのがリクルートの部分で、(熊谷)航がいなくなって、バシ(アルバシール)がいなくなって、小栗選手もいなくなってという中で、新しい選手に来てもらった。ずっと課題にあったオフェンスの部分をつくろうということで、初めて本当にスコアラーみたいなタイプ、キアヌ(ピンダー)を取って、経験値でヤニ(ウェッツェル)を取って。そこに予算を組んでやってみたものの、タナ(ライスナー)が脳震盪だったり、シゲ(田口成浩)がACL切ってしまったり。ということがあったんですが、その中でも自分達のディフェンスをつくれなかった、見せられなかったというのがあまりにも多かった。かといって、オフェンスがすごくいいのかといったらそうでもない。本当にちぐはぐになってしまって、バスケットって難しいなぁと、すごく感じさせられたシーズンでしたね。

ーー外から見ていて、探って探って、沼にはまってしまったのかな、という感じがしました

そうですね。そんな感じです。社長とよく話はしていたんですが、僕として「切るカードがない」と。もういろいろなことをさせてもらって、日本人選手でやっていこう、ディフェンス激しくやっていこう。オフェンスの効率が悪いというのはずっとある中で、今年ちょっとスコアラーの外国籍を入れてみよう、もう全部やらせてもらいました。その中で、もう切るカードがない。選手を入れ替えるわけにもいかない、予算的にもそこはいじれない。

その中でもいろいろとアプローチさせてもらったんですけど、結果が出ない。10月の時点で社長に言っていたので。「正しく評価して、しんどいと思ったら僕のところは考えてもらって全然いい。その責任は僕のところにあると思っているから」という話を、10月中旬、3週目とかにはもうしていました。

勝ち星が伸びず苦しんだ今シーズン©Basketball News 2for1

ーー進退については、かなり早い段階でお話しをされていたんですね

はい。理由はいくつかあるんですけど、一番は、僕は秋田でやりたいんですよ。僕、秋田好きなので。秋田で勝ちたい。で、秋田が強くなってほしい(という気持ちがある)。これまで、社長と僕とでタッグを組んで、社長がお金を出してくれる、僕が選手を口説きに行く。このセット。だから、選手はビジョンが見える。お金がめちゃくちゃ高くなくても「ここでやりたい」と思ってもらえる。というのが今までの(チームの)作り方だった。

でも、それをやるには(進退を)12月に決めておかないと無理だと。僕がじゃあ「(来シーズンのHCを)やらない」となっても、それが分かっていたら動くしかないので、「(今のタイミングで辞めれば、来シーズンの)準備できますよね?」というのが、その(契約解除の)タイミングでした。勝ってそれが言えたら一番よかったですが、それはもう「社長すみません」みたいな話だったんですが、社長ももちろん「今の結果で誰も納得できないから、(契約解除の)判断は今はできない」っておっしゃっていたが、「判断もなにも、判断が遅れたらチームを作れないから、僕はもう来季やらない方向で動いてください」と。「HCのリストを作って、そのHCと話して(来季の)プラン立てて選手を取りに行ったらいい」と。というところからはじまって、そういうイメージで社長と(今後についての)話をしていました。

「間違いなく僕のホーム」“秋田ファースト”な思い

ーー契約解除の決断に至ったときの思いは

日々、常にどうやったら秋田が良くなるのか、勝てるのか、というところだけ考えていた。北海道戦(12月24日)の夜に試合だったんですが、日中に社長とまたいろいろと話をした上で、試合に負けて。あの試合、第1Qにボコボコにやられたんですよ。30何点取られて、僕たちも点は取っていたんですけど、その時に「あぁもうだめだ。(気持ち的に試合中葛藤しながらも)よくない」と。何がよくないかというと、それでも(30点以上取られても)やっぱり僕はディフェンスを謳っていたので、その中で守れてないなと。これは選手の問題ではなくて、僕の問題。しかもクリスマスイブの試合で、もう僕からすると(来季のチームづくりに動くのが)遅いわけですよ。それで試合が終わったあと社長に(伝えた)。

正直、社長はずっと僕を守ってくれていたと思う。いろいろな周りの圧からもそうだし、「せめてホームで」というのも言ってくれていましたし。けど僕からしたら、僕は別にいいんだと。(大事なのは)僕じゃないので。僕の話をするんだったら、そもそもそんな話しないですし、言わずにずっとやっておけばいい話ですから。僕の話ではなくて、「秋田がどう次に進んでいけるか」というところなので、判断が遅くなればなるほどよくならない。なので、僕はそこで社長と話をして、「もうこれで終わりましょう」と言って、ミック(ダウナーHC)に僕から伝えて、という感じでした。

思いのたけを語る前田前HC©Basketball News 2for1

ーー契約解除のお知らせが出たあと、選手やブースターの方たちからいろいろな反応があったと思いますが、それについてはどう感じましたか?

ありがたいなと思いました、正直。なんかね、僕は毎試合秋田で、アウェイもそうですけど、特にホームで試合する時は、すっごい嬉しいわけですよ、環境が。勝っていない監督が辞めるとチームに伝えた時にみんなが涙してくれて、フロントの人たちもそういう人たちがいて、なんていい人たちと仕事させてもらっていたんだろうって。それこそスーパーに行けば声をかけてくれて、どこに行っても「お疲れ様でした。ありがとうございました」って。負けて辞めてそんなふうに言ってもらえる人なかなかいないだろうなって。いつも不思議な感じで「ありがとうございました」と言っているんですけど、なんかすごく幸せ者だなというのは、終わって感じていますね。本当いい場所だったな、やっていて良かったなというのはすごく、今も感じています。

ーーお子さんが育ったという点でも秋田はとても印象深いと思いますが、前田さんにとっての秋田とは?

間違いなく僕のホームなんですよね。本当にこのクラブで育ててもらいましたし、一緒に進んできたし、子供はここで育っていますし、妻はここで亡くなっていますし。その上で、本当にあたたかく家族ごと包みこんでもらったような感じですかね。だから、すごく思い入れはありますよ、やっぱり。結果、本当に一緒に泣ける仲間だったり周りの人だったり、一緒に喜べる人たちがいるというのがこの場所だと思っているので、なんかそこでやらせてもらっていたのはよかったなと思っていますし、また戻ってきたい場所だなと思っています。

(東北支局)

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