ブラジルは1試合の間に様々な種類のディフェンスを運用してきた。
情熱の国のイメージを裏切る知的な戦術の展開。
その全ては河村勇輝を封じるためのものだった。
八村塁不在でチームに生じた迷い
序盤のスイッチディフェンスへの対応は的確で、河村起点のミスマッチアタックによって日本は得点を伸ばしていった。
ここ数試合の顕著な傾向として、トランジションやスピード感重視のスタイルだけではなく、ハーフコートオフェンスのクオリティ向上が日本の3ポイント攻勢の威力を高めているわけだが、この試合でも素晴らしい判断でオフェンスが機能していた。
だが、ブラジルが河村に対し身長も高くフットワークにも優れ、身体能力も高いNBA選手、ギー・サントスをマッチアップさせてくると少し流れが変わってきた。
インサイドで発生していたミスマッチもスリーメンスイッチと呼ばれる守り方で上手く対処するようになる。
これによって判断の正確性を揺さぶられ、直前の富永啓生投入によって河村の意識がシューターを使うプレーにやや傾き過ぎたことも相まって、これまで効率的に展開できていたオフェンスが停滞してしまった。
話は逸れるが、個人的にはこれ以前の2試合で富永にプレータイムを確約しなかったコーチングスタッフの判断は適切であったと思う。
驚異的な爆発力を持ちながらもディフェンスで課題を持つ彼にはリスクテイク局面を任せるべきで、八村と河村で安定した勝負が見込める状態での起用は難しい。
だからこそ八村不在のブラジル戦では早い段階で出場があったわけだが、急にプレータイムを奪われた状況でも関係なく本来の能力を発揮できる選手は稀だ。
他の選手には無理でも富永ならば決められる難易度の高いシュートも、どこか迷いを感じながら放っていたように見えた。
ホーキンソン、馬場ら奮闘もラスト5分の秘策響いた
後半に入るとまたブラジルはディフェンスに変化を加えてくる。
今度はスイッチをせずに河村からボールを離させるような守り方だ。
スイッチディフェンスによって生まれるスピードのミスマッチを利用した河村の得点を防ぐために次なる対策が施されるが、これによって発生するジョシュ・ホーキンソンのシュートチャンスを日本はものにし、ブラジルに肉薄する。
そしてこの第3クォーターは特に馬場雄大の健闘が素晴らしかった。
試合を通した高確率な3ポイントももちろんだが、前半に止められなかったブラジルのピックアンドロールに対する守りを請負った。
ブラジルはシュート力とスキルに長けたPG陣がピックアンドロールを仕掛けてくるため、センターとの身長差が大きい河村だとスイッチの対応ができず、効果的なシュートを作られてしまっていた。
しかし馬場が河村の代わりにPGにマッチアップし、軽快なフットワークでオンボールスクリーンを上手くかわす。
体をぶつけられてスイッチした際もブラジルの得点源、ブルーノ・カボクロを相手に簡単には押しこませない力強さでミスマッチの問題を改善した。
富永同様、ここまで多くの出場時間に恵まれなかった馬場だっただけに、この局面での仕事ぶりは本当に見事だった。
また、ピック時にホーキンソンがハードショウを試みるなど積極的な仕掛けもあり、日本側のディフェンスにも前半のサンプルを活かした修正が見られた。
勢いに乗った日本の逆転勝利に胸躍った第4クォーター。
だがその期待を打ち破ったのはブラジルの最終手段、河村へのフェイスガードだった。
どんな手を講じても解決されてしまう河村ならば、そもそもボールを持たせなければいい。
その戦術はあまりにも一般的ではあるが、重要なのは試合終了5分前までそれを見せなかったことにある。
もしこれが前半終了間際であったならば対策を打ち出す十分な時間があるが、残り4分、1ポゼッションの重さを感じずにはいられない時間帯での河村の隔絶は、チームに多大なる精神的ダメージを与えた。
「層の薄さ」が新たな課題に
ブラジルの長けた戦略眼に一歩及ばなかった日本代表だが、やはり一番の無念は「フェイスガードで負けた」ことだ。
それは河村の凄さを象徴する一方で、それ以外の選手を軽んじられてしまったという解釈ができてしまう。
チームの戦術的構成によって特定の選手にボールを持つ機会、プレーする時間が集中していくことは避けられず、まだ十分に持てる力を発揮していない選手もいるはずだが、これは日本が新たに向き合っていくべき大きな課題だろう。
とはいえ、世界の強豪を相手に具体的な課題を持ち帰るなど今までは考えられなかった。
オリンピックで対等な勝負をする姿はバスケットボールに携わる人々にたくさんの自信を与えてくれた。
目覚ましい進歩を続ける日本代表に敬意を表しながら、4年後のロサンゼルスを待ち侘びる。
(元日本代表・石崎巧)