「最初で最後の、スタートラインに立てるチャンス」
2021年11月。日本男子代表チーム指揮官就任直後のトム・ホーバスに招集された原修太(千葉ジェッツ)は、ワールドカップ・アジア地区予選Window1へ向けての候補者合宿に臨んだ際、そう語っていた。
だが、それ以降、原が代表活動に呼ばれることはなくなってしまい、彼がナショナルチームのユニフォームを着る芽はもうないものだと思われた。
そんな彼に、スタートラインに立つチャンスが再び、訪れた。
6月19日に発表されたワールドカップへ向けての25名の代表候補選手のリストには、原の名前があった。自身も「ギリギリまで呼んでもらえるかわからなかった」というから、驚きだったはずだ。
22-23シーズンにはベストディフェンダー賞受賞
2022-23シーズンの活躍で、ファンたちからは「原は選ばれるべきではないのか」といった声が挙がっていた。もっともだ。同年、原は出場59試合ですべて先発し、自らベストファイブとベストディフェンダー賞を獲得する飛躍で、チームがB1史上最高勝率(8割8分3厘)を記録するのに大きく寄与したからだ。
原は言う。
「(前回の代表活動では)通用した部分もあったので、落ちた時からそこを伸ばしつつ、苦手なことを克服しながら2シーズン、プレーした結果として、また呼んでもらえたというのは本当にありがたいなと思っています」
だが、25名の中では代表活動からもっとも遠ざかっていたという現実がある。Bリーグで実績を築いてきた29歳も、ホーバスHCのチームにおいては下から這い上がっていかねばならない立場だ。来月上旬開催のチャイニーズタイペイとの2試合の強化試合へ向けた合宿の初日には「スタートは誰よりも下だよ」とホーバスHCから言われた。当の原にとっても、そこは重々承知していることだった。
「それを聞いて、もちろんそうだなと思っているので、賞を取ったとかチームが勝ったとか関係なく、食らいついていけたらと思います」
外国籍選手にも負けないフィジカルの強さが魅力
原は自身の代表での立場を「下っ端」「新参者」とした。では、これまで代表から縁遠かった不利な状況を跳ね返して、彼がワールドカップで戦う日本にどのようなものをもたらすことができるのか。ここが肝心だ。
原は3Pを含めた得点力でも成長したが(2022-23の平均10.1得点はキャリアハイ)、彼の最大の強みはなんといってもディフェンスだろう。以前からフィジカルさをいかした守りには定評はあったが、そこに俊敏性を加えたことで、一段上の領域に達した。
2022−23シーズン、ジェッツにディレクターオブスポーツパフォーマンス&プレイヤーディベロップメントとして新たに加わった吉田修久氏の指導の下、元々、遅筋優位だった体を速筋優位のそれとしたことが奏功し、より攻守でより高いレベルのプレーをすることができるようになった。
原の身長は187cmで体重は96kgとなっているが、体重は同程度の身長の他の日本人選手と比べておよそ5〜10kgは多い。それによって当たりに強い体となっている一方、俊敏性を犠牲せずに済んでいるというのだ。
「それまでは体がバーンと張る感じで、体重では変わらないんですけど、今は(筋肉の)ボリューム的には収まっている気がします。本当に動きやすいですし、フィットしています」
原は、柔和な笑みをたたえてそう述べた。
世界ランク36位の日本はワールドカップの予選ラウンドでドイツ(同11位)、フィンランド(同24位)、オーストラリア(同3位)と、フィジカル面でもあまりに手強い強国との戦いが続く。Bリーグでは時に自身よりも大きな外国籍選手とマッチアップもしてきた原にとって、ディフェンスは同ポジションのチームメートらと比べても自信を持って「売り」だと言える点となる。
「強豪国が相手で彼らのガードにプレッシャーをかけるのが一番の仕事だと思っています。僕よりもシュートがうまい人はたくさんいますし、僕よりも速い人もたくさんいるのですが、ディフェンスという面ではプライドを持ってやっていきたいです」
原は、言葉に力を込めた。
同年齢で長年ジェッツでの盟友としてプレーしてきた富樫勇樹も、原が力を出し切れば最終メンバーへの選出の可能性はあると言う。
「原選手の場合は他の選手というか、今までに候補にいた選手たちともまったく違う(タイプの選手だ)と思うので、チャンスはすごくあるんじゃないかなと思っています」
トム・ホーバスHCも期待「もう1回、見たい」
4月下旬にワールドカップの予選ラウンドでの対戦国が強豪国ばかりとなったことも、ホーバスHCの選手選考への影響をもたらしている。具体的には、日本は8月25日の初戦、ドイツとの試合に勝つためにすべてを注力するが、ドイツを倒すには「何を」だけでなく「誰を」必要とするかも同指揮官は頭の中で練っている。
「ドイツのガードの選手たちに対しては(体の)強い人が当たったほうがいいかなとかいろいろ考えていて、原がそういうディフェンスができるかなとも思います。だから(彼を)もう1回、見たいですね」(ホーバスHC)
彼が12人の中に入る可能性は、あるいは大きくないのかもしれない。しかし、これまでのバスケットボール人生で必ずしもエリートの道を歩んできたわけではなく、高くはない評価を跳ね返しながら立場を上げてきた原は、この「最後のチャンス」に際しても過度に意気込むことなく、あくまで自身のできることをまっとうする心持ちで臨む。
「本当、チャンスは無限大というか、僕次第でいくらでもチャンスはあるので。昨シーズン、新たにやってきたジョン・パトリックヘッドコーチは最初、僕のことを知らなくて他の選手たちの方が評価は高かったんですけど、そういう環境でプロで7年間やってきてので、下っ端と言われても特に何も思わないです」
日本代表は7月にチャイニーズタイペイ(静岡県浜松)、アウェイで韓国と、8月に入ってニュージーランド(群馬県太田市)、アンゴラ、フランス、スロベニア(すべて東京の有明アリーナ)との強化試合を予定しているが、強国相手にどれだけやれるかを見るために、原の選出は最後の有明の3試合で見極めることになるか。
いずれにしても、これまで代表活動から遠ざかった原がワールドカップメンバー入りへ向けてどこまで力量を発揮するか、注視したい。
(永塚 和志)