言葉とプレーの雄弁さの乖離が、これほど大きな選手もなかなかいない。
だからこその、彼女の人気と魅力なのだろう。
町田瑠唯がWリーグファイナル、自身4度目の挑戦で初めての王座戴冠を果たした。
「過去3回はメンバーも違うのであまり気にしていないです」。シリーズ直前、熱く、良い言葉を期待するメディアの思惑をするりと交わすかのように町田は、このように述べた。
しかし、15日夜のファイナル最終・第3戦。試合終了を告げるブザーとともに富士通の優勝が決まると、町田は目から溢れ出る涙を止めることができなかった。
過去3回の準優勝は気にしていないとさらりといってしまう彼女と、コート上で感涙する彼女。後者こそが、町田のファイナルと優勝にかける思いがより素直に現れていたはずだ。
「13年間の思いとか、今まで関わってくださった人たちやファンの方々の思いとか……家族もそうですけど、自分が入団してから応援してくれた人たちへ向けて恩返しがやっとできたかなと思います」
まだ高揚した気持ちが落ち着ききっていない中での優勝直後のインタビュー。町田は言葉を紡いだが、そこにはそれまであまり外野が感じることのできなかった「熱」があった。
第3戦までもつれた激戦 全員バスケでデンソーに競り勝つ
町田の富士通レッドウェーブが、12月に皇后杯を制し初のリーグ優勝を狙うデンソー アイリスを下して16年ぶり、2度目のWリーグ制覇を果たした。
武蔵野の森総合スポーツプラザ(東京都調布市)で開催されたファイナル。3試合とも両軍が相手の良さを消そうと手を変え品を変えながらの、見どころ豊富な戦いだった。一方で、双方とも王座を渇望する気持ちが現れた、見る者の心を揺さぶるシリーズでもあった。
初戦。デンソーは町田のピック・アンド・ロールを封じるようなディフェンスをしてくるが、その分、スペースの空いた町田が自らの中距離ジャンプシュートやレイアップで得点を重ね、チームトップの15得点。デンソーは馬瓜エブリンが3本の3Pシュートを決めるなどで21得点するも、富士通のディフェンスに抑えられ、富士通が64-57で先手を取る。
明けて翌日の2戦目は、この日も出だしの良かった富士通が前半から最大12点のリードを開いてペースを握るも、後半、足を動かし強度を高めたデンソーが後半だけで9本のオフェンスリバウンドを奪いセカンドチャンスやベンチメンバーによる得点で挽回したデンソーが73-62の逆転勝ちを収め、シリーズをタイにする。
そして勝負を決する最終・3戦目。出だしからリズムがよく徐々にリードを広げたのはまたもや富士通で、しかし後半の頭から強度を上げ、富士通のターンオーバーに乗じた得点などでデンソーが詰め寄る。流れ自体は前日の2戦目と似ていて、再びデンソーのペースで試合が進んでいくのかとも思われたが、町田を起点としながらボールと人をよく動かし続けながら点を重ね、ディフェンスでも集中力と切らさなかった富士通が再びリードを広げると、最後は89-79のスコアで勝利を手にした。
「どちらが勝つと思いますか?」。
3戦目を前にして、メディアや関係者は互いに話す相手に対してこの質問を投げかけるが、誰も根拠をもって予想を立てられない様子だった。それほど、両軍の実力は拮抗し、かつシリーズの流れを振り返っても、勝負はどちらに転んでもまったく不思議ではなかった。
果たして、この日は富士通の日となった。層の厚さではデンソーが上回っていたかと思われるが、この試合では2戦目にベンチメンバーによる得点がゼロだった富士通が赤木里帆らから21得点を手にし、かつ2ケタ得点者を5人出したことに示されるように、よりチームバスケットボールを披露したことが勝因となった。
「個人スタッツを見たら理想的な試合ですね。得点のバランスは9点、11点、8点、16点、15点、12点……。フリースローもいろんな人が打っている(7人による22本の試投数を記録)。リバウンドも……何よりもアシストが29。うちの1つのコンセプトがムーブ・ボール、ムーブ・ボディ。今日はそれができました」
富士通のBTテーブスヘッドコーチは会見で、スタッツの書かれた紙を手にしながら満足げに試合を振り返った。
宮澤、林らが植え付けた“勝者のメンタリティ”
富士通がファイナルに進出したのは今回で6度目。優勝は矢野良子さんや三谷藍さんらを擁した2007-08には初優勝を遂げたものの、その後の3度の進出時ではいずれも敗退してしまっていた。
その中で、リーグにおける規則が緩和され選手の移籍が活発になったこともあって、ENEOSサンフラワーズで優勝を経験している宮澤夕貴が2021-22から、そして今季は林咲希がやはりENEOSから加入したことでチーム力が上がった。また2022−23シーズン途中からアーリーエントリーで190cmのセンター、ジョシュア ンフォンノボン テミトペが入り、インサイドの柱となった。
何よりも大きかったのはやはり、宮澤と林という「王者になる術」を心得た2人が移籍をし、それをチーム内に伝染させたことだった。上述に記した通り、富士通には町田を始めとして実力者が在籍し、チームとしての力量も安定して高かったものの、頂点に立つには何かが欠けていた。が、宮澤と林が入ってきたことでその穴は徐々に埋まっていったのだった。
宮澤は、練習の時から試合を意識した取り組み方をすることが肝要だということを、チームに伝えていたと話した。
「1つの数える声やディフェンスの声は、練習の時は音がないので通りますが、試合では観客の声や音があるのでもっと出さないと通らないよねとか、1本のルーズボールやリバウンドを徹底することを伝えていました。今年は林が入ってくれましたし、みんなも全員でやらなきゃいけないというのは今年、フォーカスしてやっていくというところは変わったところだと思います」(宮澤)
富士通が今シーズンに入るにあたって掲げた合言葉は「オーバーコミュニケーション」だ。ただのコミュニケーションにオーバーがついたそのフレーズの意味は、互いに理解しているかしていないかに関わらず、冗長になってもかまわないというくらいしつこく会話をするということだ。
ファイナルを見ていても、コート上の5人はことあるごとにハドルを組み、ベンチにいる選手たちは味方が勝負どころで重要な得点を決めた時などには立ち上がって騒いで盛り上げた。これもオーバーコミュニケーションの成果だったか。
明るく、笑顔の絶えない林の加入も重要だったように思える。いまや日本代表でキャプテンを務めるほどの選手になった林ではあるが、A代表入りしたのは町田や宮澤とくらべると遅く、また30代の2人よりも若干年が下であることなどもあってか、若手との橋渡しも含めチームをまとめる大きな力をもたらした。
林自身も、そこについては意識をしていたようだ。
「アースさん(宮澤)と中村(優花)ニニが(ENEOSから先に)いてくれていましたが、雰囲気はもうちょっと良くえきるのかなと思っていましたし、私はそれも得意というか、できると思っていました。コート内でも私が一番『良い顔』をしてパフォーマンスができるようにと心がけてきましたし、それでチームも成長したと思います」(林)
また「自信」を持つことの重要さを知る者が複数人いることも、優勝につながる要因となった。町田、宮澤、林はともに2021年の東京オリンピックで、日本として史上初の銀メダル獲得に貢献している。このチームを指揮したトム・ホーバスヘッドコーチ(現・男子日本代表で同職)が、この大会での金メダル獲得という高い目標に向けて選手たちにその実現を信じて臨んだからこその快挙だった。
宮澤は、この経験が自分とチームを信じることから生まれる力がいかに大きなものになるかを教えてくれたとし、それを富士通においても実践したのだという。
「自信を持つことができればやっぱりプレーって本当に変わると思うんですよ。だから、自分自身も自分を信じているし、このチームを信じているというのはずっと伝えてきました。やっぱり、トムさんがそういう自分たちを信じることで何倍も強くなれるという姿勢を教えてくれましたし、BTも最初から今年は絶対に行けると言っていました」(宮澤)
一方のデンソーも、12月に皇后杯(全日本バスケットボール選手権大会)を制し、リーグ戦でも攻守でリーグ1位(平均79.得点8、平均57.7 失点)を記録するなど、自信を持ってこのファイナルに入ったはずだった。髙田真希も戦前「ちゃんとやれば自分たちのほうが上だと思っている。自分たちの練習をしてきたので、相手どうこうよりもすべてで上回りたい」と語っていた。
結果としてデンソーは一歩及ばなかったが、それでも高田ら優勝を手にしたい思いは負けていなかったはずだと自負を示した。デンソーにもトヨタ自動車アンテロープス時代にリーグの頂点に立っている馬瓜エブリンが今季、加入したが(馬瓜の強烈なリーダーシップと勇猛なプレーぶりもかなり印象的だった)、宮澤ら「勝負どころ」を知る選手たちが複数いることが富士通と自軍のわずかな差を生んだと静かに激戦を振り返った。
「町田選手もそうですし、宮澤、林など優勝を経験している選手たちは勝負どころがわかっています。宮澤選手は3Pを落とさなかったイメージがあって、気迫も感じましたしプレーも乗っていました。3戦とも出だしで自分たちが後手に回ってしまうことが多かったので、決めるべき選手が決めたというのが自分たちとは違って優勝の経験をしている選手がいるというのは、こういう場面では強いと感じました」(高田)
「今年は今までよりも信じてやれました」
冒頭で記した通り、町田は「言葉の人」ではない。われわれ外野は、町田のプレーが何を物語るかをよく観察し、発する言葉の行間から彼女のメッセージを読み取る必要がある。
そもそも、町田はどうやら自身の力量への評価を一番低く見積もっているようなのだ。筆者のものも含め、多くのインタビュー等で自身が主体となってチームを勝たせた、あるいは勝たせたいというような発言を彼女の口から発せられたのを、まず目にしたことがない。町田は今季、Wリーグで7度目となるベスト5と9度目のアシスト1位のタイトルを獲得し、2022年には世界最高峰WNBAのワシントン・ミスティクスでもプレーをしている。
しかし、彼女自身はそうしたものを「過去のもの」としながら、鼻にかけるところもまったくない。今回の優勝にしても宮澤ら優勝経験のある選手たちの加入の大きさを強調してしまいつつ、自身が引っ張ったなどという言葉や態度はおくびにも出さない。
それでも、絶対に行けるという思いと自信を半ば内に秘めながら、今年の町田はコートに立っていたようだ。
「今までも信じてやってきたし、今年は優勝している人が多くて心強さもありました。私より年下の選手ばかりですが『ルイさん、やっていいよ』と常に声をかけてくれたので、今年は今までよりも信じてやれました」(町田)
この言葉でも、町田のものとしてはずいぶんと自分を出しているほうではあったが、とは言え記者らからの問いに総じて「自分」よりも「チーム」を前提に彼女は話を続けていた。そんな町田の会見での発言を横で聞いていて、宮澤が「しびれ」をきらしマイクを手にした。
「町田選手ってこういう記者会見とかで『優勝したい』などと絶対にいわないんですよね。今までは『富士通のバスケットをしたい』みたいなニュアンスでしかいっていなかったんですけど、そう言い切ったので『ああ、瑠唯さん、変わったな』と私は思いました」(宮澤)
強い思いを口にして自らを良い意味で追い込む、あるいは言霊というものを信じてそうする選手は少なくない。
だが、町田はそういう選手ではない。コートで見せるプレーぶりこそが、彼女の最大の「メッセージ」だ。
プレーオフのMVPは平均19.7得点、5リバウンド、3P成功率47.4%を挙げた宮澤が獲得した。異論は聞こえてこない。
一方で、町田もまたリーグ優勝の立役者であったこともまた、多くが賛同するところではないか。ファイナルでは平均9得点、10アシストだった。富士通のオフェンスはほぼすべて町田から始まる。彼女がボールを持てばチームは落ち着き、武器とする速いテンポからの得点が展開される。コートのすべてを見通しているのではないかと思うほどの視野の広さからあらゆるところにパスを供給する。
身長162cmと小柄なためにディフェンスは過小評価されがちだが、相手のポイントガードへのプレッシャーのかけかたは巧みで、位置取りも的確だ。
しかし、こうした自分の強みを「あえて」いわないのが、町田瑠唯だ。繰り返すが、コート上で見せるパフォーマンスこそが彼女の「言葉」だ。
ファイナル終了後のセレモニー。富士通の選手たちはコート中央に設置された壇上に上がり、祝福を受けた。中央に立ったのは、長年チームのエースを務めてきた、町田だった。
最年長の町田は、数分前までの涙顔から一転、屈託のない笑顔で優勝トロフィーを高く掲げた。
(永塚 和志)