「コーチ陣の完璧なゲームプランのおかげで、選手もやりやすくプレーできました」
16日、埼玉県のさいたまスーパーアリーナで開かれた第99回全日本バスケットボール選手権大会の決勝。昨シーズンのBリーグファイナルで敗れた宿敵の琉球ゴールデンキングスを117ー69という大差で退け、大会2連覇を果たした千葉ジェッツの富樫勇樹キャプテンは、試合後にコート中央で行われたインタビューで、そう勝因を語った。
千葉Jは3Pの成功率が56.8%(21本成功)に達し、ターンオーバーはわずかに三つ。高さと重量を備えたビッグマンが揃う琉球を相手にオフェンスリバウンドは19本に上り、前半から優位に試合を進めた。
15,385人もの観客が詰め掛けた大一番で、チームがこれだけの数字を記録できたことは、富樫の言葉に出てきた「ゲームプラン」が見事にハマった結果だといえる。どのようなスカウティングだったのか。ジョン・パトリックHCが「パーフェクトに近い」と評したオフェンスの出来の鍵となったのは、コート上の“スペーシング”の作り方と使い方だった。
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第3Qで一気に突き放し勝負決める
スタートは互角だった。3月にチームに復帰したばかりのクリストファー・スミスのタフな3Pとフリースローで5点を先制するが、琉球も負けじと岸本隆一が2本連続で3Pを沈めるなどして対抗。第1Qは点を取り合い、25ー21で終えた。
大きく試合が動いたのは第2Qだ。ディフェンスで相手がピックプレーを仕掛ける際、ハンドラーをダブルチームで追い詰めるブリッツが効果を発揮。オフェンスでは富樫やアイラ・ブラウンが引き続き高確率で3Pを射抜いたほか、ジョン・ムーニーやゼイビア・クックスらが積極的にオフェンスリバウンドに絡み、セカンドチャンスポイントを重ねて48ー32とリードを広げて前半を折り返した。
後半に入ると、さらに千葉Jの勢いが加速する。第3Q開始直後、今村佳太にディナイディフェンスをされた富樫がバックカットで裏を取り、難なく後半初得点を挙げる。各選手がペイントタッチからのキックアウトを徹底し、このクオーターだけで3P6本を含む37得点。30点以上の差を付け、一気に勝負を決めた。
3P6本を含む20得点、8アシスト、ターンオーバー0という圧巻の活躍を見せ、大会MVPに輝いた富樫は「2連覇という結果はすごく嬉しいし、チームとしてこういうゲームができたことはとても自信になります。また切り替えて(Bリーグの)シーズンを頑張っていきたいです」と喜びを語った。
琉球は1月末にアレックス・カークが帰化し、選手層に厚みが加わってBリーグでは7連勝中と好調だ。8得点を挙げたほか、昨年までチームメートだったヴィック・ローをマークするなどディフェンスでの貢献が光った原修太は「前評判では『琉球有利なんじゃないか』という人が多かったので、それを覆して勝てたことはすごく嬉しいです」と笑みを浮かべた。
千葉Jは今月8〜10日にフィリピン・セブ島で行われた東アジアスーパーリーグ(EASL)のファイナル4(決勝トーナメント)でも初の頂点に立ち、1週間ほどの間に今シーズン“二冠”を達成した。
“5アウト”でスペース創出 「スピード差」で優位に
最近100点ゲームも多い琉球を69点に抑えたディフェンスの遂行力も見事だったが、やはり際立ったのは117点もの大量得点を挙げたオフェンスである。アシスト数が27本に達し、5人が二桁得点を挙げるバランスのいい攻撃を披露した。以下はボール回しの流動性が高かった要因を聞かれたパトリックHCの答えである。
「5アウト(ファイブアウト)でビッグマンを含めて全員でスペースを作って、アタック、ドライビング、キックができたので、ボール回しが良かったと思います」
5アウトとは、コート上の5人が全員スリーポイントライン付近にポジションを取り、あえてインサイドにスペースを作って攻める戦術だ。世界的に見ると小柄で、3Pとドライブを軸にオフェンスを組み立てる男子日本代表「アカツキジャパン」もよく使う陣形である。千葉Jが琉球を相手にこれを採用したのには理由がある。
「根本的に向こうのインサイド選手の方が大きくて、幅が広い。本当に力のあるビッグマンがいる。(高さの)ミスマッチはあったけど、クイックネスという自分たちの有利な点を生かして戦いました」(パトリックHC)
琉球は両チームを通して最高身長となる211cmのカーク、過去に3度B1リバウンド王に輝いたジャック・クーリー、強靭な肉体を誇るアレン・ダーラムという強力なインサイド陣を揃える。ただ、特にカークとクーリーに関してはフットワークが素早いとはいえないため、千葉Jは機動力の高いクックスやスミス、富樫らのクイックネスを生かし、相手ビッグマンを外に誘い出してスピードのミスマッチを突いていった。
その戦略が顕著に見て取れた例が、原修太が第1Qに2度ドライブを仕掛けた場面である。
一回目は第1Q中盤の場面。原が左45度でボールを持ち、ジョン・ムーニーが右側からスクリーンを掛ける。若干ずれができ、ムーニーのマークマンだったカークがカバーに入ると見るや、ギアを一気に上げて交わし、レイアップに行ってフリースロー2本を獲得した。
その約5分後には同じようなピックのシチュエーションから、今度は原の前にクーリーが立ちはだかった。1回目と同じくゴールにアタックして横をすり抜け、今度はファウルをもらいながらレイアップを沈めた。同様なシーンは、試合を通して他の選手がハンドラーとなった際も何度も見られた。さらにペイントタッチからキックアウトをしてフリーのシュートシチュエーションも多くつくったため、3Pの成功率が上がった。
「僕たちにとってアタックしたい選手がいたので、そこをしっかりチームとして突くことができたと思います」と手応えを口にした富樫。その「アタックしたい選手」が主にクーリーとカークだったのだろう。第3Q序盤に富樫が見せたバックカットや、クックスがオフボールでインサイドのスペースに飛び込むカッティングも効果を発揮した。
“オフェンスリバウンド”でも生きたスペーシング
高さで劣っているにも関わらず、オフェンスリバウンドで琉球を8本上回ったことも5アウトでいいスペーシングを貫いた事による影響が大きい。パトリックHCが言う。
「コート上でスペーシングを良くしたから、外から中に入ってオフェンスリバウンドが取りやすくなった。(ジョン)ムーニーとゼイビアはよく取っていたし、(荒尾)岳もタップしていた。本当に全員でやってくれました」
リバウンドの強いクーリーやカークのところをドライブで攻めたり、ディフェンスでスイッチさせて外に誘い出し、3Pを打ったりすることで、相手ビッグマンがリバウンドに関与しにくい状況をつくる。すると、ムーニーやクックスが高さで優位に立つことができるため、外から飛び込んでリバウンドを掴みやすくしたのだ。
琉球の桶谷大HCも「シューターをケアするためにウィークサイドで(相手選手に)へばり付き過ぎた。あとは富樫君の3Pを消したくてドライブさせたり、ビッグマンに(パスを)落とされてヘルプに行ったりした時のリバウンドがほとんどでした。そこで自分たちがファイトしきれず、前に入られてリバウンドを取られたのが一番大きい部分です」と語り、千葉Jのオフェンスリバウンドに手を焼いていたことを明かした。
前人未踏の“三冠”への鍵は「何冠とか気にしないこと」
これまで記したように、スカウティングの段階で琉球の弱点を丸裸にし、効果的なゲームプランを練って決勝に臨んだ千葉J。ただ、タイトルの懸かった一発勝負の舞台で、それを高い遂行力で体現することは容易ではない。当然、相手も試合中に修正を試みる。なぜここまでの完成度を40分間貫き、圧倒的な勝利を掴むことができたのか。パトリックHCと富樫は、わずか6日前にあったEASLでの優勝を要因に挙げた。
「私たちはフィリピンでの2試合ですごくいいリズムをつけ、それが失われていない。それが琉球と比べて有利になったのだと思います」(パトリックHC)
「EASLも含めてスケジュール的にはタフですけど、試合勘も含めて優勝して帰って来られたので、その勢いがすごく大きかった。琉球は10日空いての試合だったので、正直リズム的にはかなり難しかったのかなと思います」(富樫)
今シーズンは序盤戦で苦しんだものの、オーストラリア代表であるクックスの加入や怪我明けの原の復調、スミスの復帰が続き、Bリーグのレギュラーシーズンの約3分の2を終えた現時点でチームが仕上がってきている千葉J。27勝15敗で東地区3位、ワイルドカード1位でチャンピオンシップ(CS)進出圏内につける。Bリーグでも優勝を飾れば、前人未踏の“三冠”を達成。それ以前に、天皇杯とBリーグを同じシーズンにどちらも制覇したチームはいないため、文句なしの偉業となる。
ただ千葉Jは昨シーズン、53勝7敗というB1の歴代最高勝率を記録し、前評判通り天皇杯で頂点に立った一方で、Bリーグファイナルでは琉球に2連敗を喫した。それを踏まえ、原に三冠達成への鍵を聞いてみた。
「『何冠』ということを気にしないことじゃないですかね。もちろん、この後の試合を全部勝つことは大事ですけど、正直もう地区優勝はそこまで狙っていません。アルバルク東京も宇都宮もすごくいいチームなので、そんなに負けることはない。だから自分たちのことにフォーカスして、ワンシーズン戦い抜くことが大事かなと思います」
天皇杯で2連覇を果たしたが、当然昨シーズンの悔しい経験は忘れていない。足元を見詰め、別の山の頂点へ歩みを続ける千葉ジェッツ。二冠王者に、慢心はない。
(長嶺 真輝)