
試合時間が残り1分を切った。
大阪エヴェッサが93-91で2点リード。この土壇場でボールを持ったのは琉球ゴールデンキングスの岸本隆一だ。自らフロントコートへドリブルし、スクリーンを使ってフリーになった瞬間、正面から逆転となるクイックの3Pシュートを射抜いた。
大歓声に包まれる沖縄アリーナ。圧倒的なホームの応援が琉球の背中を押す。しかし大阪には、この独特な雰囲気が体に馴染んでいたのか、動じない選手がいた。プロデビューから昨季までの5シーズン、琉球に所属していた牧隼利だ。
「最後にああいう場面が巡ってきたのは、何か運命的なものを感じました」
残り45.6秒からプレー再開。左サイドからボールを運んだ牧は岸本から激しいプレッシャーを受けるも、物ともせず中央からペイントにアタック。立ちはだかったアレックス・カークの高いブロックをスクープレイアップで越え、シュートをねじ込んで再逆転に成功した。
残り15秒で岸本がファウルアウトした後、最後は3点を追う琉球のケヴェ・アルマが残り1.2秒でフリースロー3本を獲得するも、1本目を失敗。2本目を決めた後、3本目をわざと外して自ら同点を狙ったミドルシュートを放ったが、これがリングに嫌われ、97-95で大阪に軍配が上がった。
終了ブザーが鳴ると同時に喜びを爆発させ、古巣相手に殊勲の活躍を見せた牧に次々と抱き付く大阪の選手たち。感謝を込め、柔らかい笑みを浮かべながら、牧が振り返った。
「もともと自分がいたチームに勝つことができて、みんなが祝福してくれました。試合中もチームメイトが僕のために戦ってくれているのをすごく感じたので、すごくうれしかったです」
西地区3位の大阪は17勝16敗となり、再び貯金生活に入った。
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牧、岸本とのマッチアップで成長示す
序盤から拮抗した展開だったが、終盤で大阪が抜け出し、第4Q残り3分を切った時点で10点をリードしていた。しかし、岸本がコーナー3Pシュートやペイントアタックからのジャック・クーリーへの合わせなどで琉球のオフェンスをけん引し、猛追を受けてからの、冒頭の場面だった。
残り2分ほどで、ほぼ岸本とマッチアップしていたのが牧だ。琉球時代、コート上で長い時間を共有し、2022-23シーズンには共に優勝トロフィーを掲げた。だからこそ、岸本のクラッチタイムでの恐さは誰よりも知っている。
「最後は『やり返す』という気持ちがあったのか」と問うと、以下のように答えた。
「自然とそういう気持ちになりましたし、隆一さんがコーナーに行った時は『シュートが入ったな』というのが分かりました。最後に隆一さんをファウルアウトに追い込むことができたのは良かったと思います」
PG/SGとしてゲームコントロールに長ける一方、これまで勝負所で積極的にペイントアタックするシーンはそこまで多くはなかった牧。相対した岸本は変化を感じたようだ。
「正直、最後のプレーでプレッシャーを掛けに行ったんですけど、もう少しキープしてベターな選択を待つのかなと思っていました。そこを自分で割って行って、シュートまで行ったのは彼の能力だと思います。大阪に行って、より自分がゼロから1を生み出すという意識があるんだろうなと感じました。それが大阪で積み上げてきた自信なのかなとすごく感じました」
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「愛のあるブーイングは本当に幸せ」
最後のレイアップの前には、3点差まで迫られた時間帯に牧がフリースローラインに立つ場面もあった。昨年12月に名古屋ダイヤモンドドルフィンズの今村佳太が沖縄アリーナに帰ってきた時と同様、琉球ファンは牧の似顔絵を書いたボードを揺らし、大ブーイングを送った。そんな中、牧は冷静に2本を決め切った。
前節で名古屋Dと対戦した際、今村から直接体験談を聞き、覚悟はできていたようだ。
「こないだ名古屋Dと試合した時にいまむー(今村)と話をして、(沖縄アリーナで)『愛あるブーイングをされるよ』という話を聞いていました。僕はそんなにフリースローを打つプレーヤーじゃないので、まさかそんな場面が訪れるとは思いませんでした。逆に(ボードを)見てて楽しかったです」
最終盤で追い上げられた際は「沖縄アリーナの魔力みたいなものを感じた」と言う。「沖縄のファンの皆さんの力でキングスが支えられていることを改めて実感しました。僕のユニフォームを持っている人も見受けられましたし、愛のあるブーイングをしていただけて、本当に幸せです」と続け、相好を崩した。
琉球ファンに伝えたいことを聞かれると、晴れやかな表情で言った。
「沖縄アリーナでキングスに勝てたことで、少し前に進めた気がしています。これで胸を張って『大阪エヴェッサの牧』として頑張っていきたいなと思える試合でした。贅沢を言うと、キングスを応援してても、僕も応援してくれたらうれしいですと伝えたいです」
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「シーズンが終わるよ」危機感共有し奮起
言わずもがな、同地区で首位を走る琉球からアウェーでもぎ取ったこの一勝は、大阪にとってとてつもなく大きな意味を持つ。
現在、チャンピオンシップ(CS)進出圏内となる西地区2位の島根スサノオマジックとのゲーム差は4。同じ「地区3位」という立場にある東の千葉ジェッツは21勝12敗、中のシーホース三河は22勝11敗と既に20勝台に乗せているため、ワイルドカード争いでも正念場を迎えている。
さらに週末の2月1、2の両日には、今後はホームに中地区首位の三遠ネオフェニックスを迎える。この現状を念頭に、藤田弘輝HCはチームと強い危機感を共有しているという。
「怪我人が多い中、名古屋D、琉球、そして次の三遠との5試合については、『ここをチーム全員で乗り切らないとプレーオフのチャンスが終わるよ』『シーズンが終わっちゃうよ』ということはチームで共有しています。なので、ここが頑張りどころということはチーム全員が分かっています。今日の試合をしっかりとプラスに変えないといけない。次のホーム戦で三遠にブローアウトされたら意味がないと思うので、やるべきことを日々やっていくだけかなと思います」
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藤田HCが語る手応えと「カルチャーづくり」
中地区の強豪の一角である名古屋Dとの前節は、アウェーで1勝1敗。今月12日の群馬クレインサンダーズ戦で先発ガードの一人だった橋本拓哉が右アキレス腱を断裂し、シーズン中の復帰が絶望的となったことも考えると、高く評価されるべき結果だろう。
琉球戦では平均リバウンド数がリーグNo.1の相手に対して、43本対28本と空中戦で圧倒。エナジー全開で戦い続ける選手たちに対し、指揮官は目を細める。
「終始タフな展開で選手たちが高いインテンシティを保ち、一つになって戦いました。集中を切らさずに40分間戦い切ったから勝てたと思います。琉球はリバウンドが強いのは全チームが知っていることなので、ディフェンスリバウンドを取ることに集中しました。オフェンスリバウンドに飛び込むことにはプライドを持っています。『琉球よりリバウンドを取ってやろう』という話を試合前からして、選手たちが気持ちを出してくれた結果がこの本数に表れていると思います」
いずれも勝率が5割を切り、低迷が続いた直近の3シーズンを経て、熱量たっぷりに指揮を執る闘将・藤田HCを新指揮官に据え、牧やレイ・パークスジュニア、マット・ボンズらを獲得して生まれ変わりを図っている今シーズンの大阪。序盤戦こそ強豪に勝ち切れない試合も多かったが、ここに来てプレー強度の高さや速い展開がチームに根付き、上位陣からも白星を挙げ始めている。
藤田HCも「1歩進んで2歩下がったり、3歩進んで2歩下がったりということはありますけど、当初に比べたら完成度は高くなっていると感じます。自分たちがどういうバスケットをしたいか、どういうカルチャーを目指しているのかを選手たちが理解し合い、日々取り組んだ結果が今につながっていると思います」と手応えを語る。
ただ、「まだみんなとカルチャーをつくっている段階」という自覚もある。だから、目線を上げ過ぎることはない。「本当に日々、一つ一つ。まずはしっかりと土台を作りたいです」。
CS進出争いが激化していく後半戦。大阪が今のプレーの質を保ち、さらにスタンダードを上げていくことができれば、リーグ全体をかき回す存在になる可能性は十分にあるだろう。
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(長嶺真輝)