仙台89ERSの”和製ジノビリ”阿部諒が呼び込んだ「歴史の1ページ」 王者琉球にブザービーダーで劇的勝利
ネイサン・ブースの決勝ブザービーターが決まり、喜びを爆発させる仙台89ERS©Basketball News 2for1
沖縄を拠点とするフリーランス記者で2for1沖縄支局長。沖縄の地元新聞で琉球ゴールデンキングスや東京五輪を3年間担当し、退職後もキングスを中心に沖縄スポーツの取材を続ける。趣味はNBA観戦。好物はヤギ汁。

 1月1日、沖縄アリーナ。後半に最大16点あった仙台89ERSのリードはじわじわと溶け、第4Q残り2.0秒、ホームの大歓声を背に圧巻の追い上げを見せた琉球ゴールデンキングスに遂に追い付かれた。スコアは81ー81。タイムアウト後、仙台ボールでリスタート。右サイドラインで阿部諒がボールを持った。

 笛の音と同時にネイサン・ブースが左ローポストからトップの位置に上がり、スクリーンを使って右45度で一瞬フリーになった。阿部からパスを受け、振り向きざまのキャッチ&シュートへ。高い打点から放たれたボールは、琉球のジャック・クーリーが目一杯伸ばした左手のぎりぎり上をすり抜け、試合終了ブザーと同時にゴールを射抜いた。

 この瞬間、83ー81で“元日決戦”を制した仙台。8,401人の観客が詰め掛けたアリーナが一気に静まり返る中、選手たちは吠えるブースに折り重なるように抱き付き、喜びを爆発させた。仙台が西地区6連覇中の強豪琉球から白星を挙げたのは、2016年のBリーグ発足以来、直接対決6戦目にして初めてという歴史的なゲームとなった。

 通算成績は12勝14敗。順位は東地区5位で変わらずだが、4位の千葉ジェッツとのゲーム差はわずか「1」に縮まった。

高い遂行力で我慢続ける「ハードワークが実った」

 前日の大晦日ゲームは序盤から琉球に激しいプレッシャーを受け、ハンドラー陣が命題であるペイントアタックを思うようにできず、主導権を握られた。強みであるリバウンドでもクーリーにB1の新記録となる27リバウンドを奪取され、さらに1人で25得点を許すなどゴール下を制圧されて69ー84で完敗した。

 その反省を生かし、2戦目は序盤から阿部や小林遥太らがピックプレーから積極的にペイントを攻め、相手ディフェンスを収縮させて内外からシュートを決めた。ディフェンスやリバウンド面ではヴォーディミル・ゲルンがクーリーに対する付き方を改善し、ボールが入る前のポジション取りやボックスアウトで体を張り、第1Qはクーリーを無得点、1リバウンドに封殺。前半を43ー39とリードして折り返した。

 第3Qに入ってもディフェンスのズレを作って攻める高い遂行力は衰えず、阿部とブースを中心に得点を重ねてリードを二桁まで広げた。第4Qは琉球の猛追に遭い、ヤン・ジェミン渡部琉が退場するなどファウルトラブルも起きたが、最後までプレーのエナジーや積極性は衰えず、アウェーでの貴重な一勝に繋げた。

 控室で選手たちと喜びを分かち合い、水を掛けられて着替えてから記者会見室に姿を現した藤田弘輝HC「選手たちのハードワークが実った勝利だと思います。ずっとB2にいて、昨シーズンB1に戻った仙台にとっては、琉球のホームで勝つ事はクラブにとって大きな進歩です。こういう大きな舞台で、最高の仲間たちといいゲームをして、歴史の1ページを刻めたことをうれしく思います」と述べ、深い充実感をうかがわせた。

記者会見で話す藤田弘輝HC©Basketball News 2for1

キャリアハイ25得点の阿部「ターンオーバーを改善」

 仙台は昨シーズンも琉球と沖縄アリーナで連戦を行い、1戦目は今回と同じようにリードした展開から第4Q最終盤に追い付かれた。その時は残り約3分間で自分たちのスコアが固まり、延長に入って逆転負けを喫した。前回と今回の違いは何だったのか。藤田HCはこう分析した。

 「阿部が序盤からアグレッシブにプレーし、プレーメークをし続けてくれました。特に最後の時間帯。昨シーズンの琉球戦はあそこで打ち切れなくて、オーバータイムに持ち込まれて競り負けた。きょうは阿部がちゃんとアタックし続け、最後までシュートでポゼッションが終わったのはすごく大きかった。それが昨シーズンとの違いです。序盤と最後、阿部がチームを引っ張ってくれました」

 指揮官の言葉通り、終盤はほとんどのオフェンスで阿部がハンドラーを担い、第4Qはチームトップの7得点。琉球の猛追を受けながらも最後まで積極性を失わず、貪欲にゴールにアタックし続けてまわりにもパスを供給したことで、チーム全体のリズムが崩れることはなかった。

 第1戦は「僕たちが勝負の土俵に立つ事ができず、すごく悔しかった」という阿部。「昨日もペイントアタックはしたんですけど、その後の処理が悪く、相手のディフェンスが(自分に)寄ってる中でターンオーバーをしてしまった。そこから相手のリズムになってしまったので、今日はそこの部分を改善できたのかなと思います」と総括する。

 その言葉通り、キャリアハイの25得点に加え、チームトップの7アシストも光った。リバウンドも8本奪取し、トリプルダブルに迫る圧巻の活躍だった。

 最後のブザービーターの場面では、過去に沖縄アリーナであった試合の記憶が蘇ったという。自身が島根スサノオマジックに所属していた2シーズン前のチャンピオンシップセミファイナルの第2戦である。当時琉球に所属していたドウェイン・エバンスに、今回のブースと似たようなシュートでブザービーターを決められ、その試合は敗れる側だった。

 「僕自身はあの試合の時と同じ角度で最後のブザービーターを見ていたので、フラッシュバックしましたね」と振り返る。その上で「あの時も後半に琉球がインテンシティを上げてきて、悔しい負け方をしました。そういった経験が今回生かせたのかなと思います。ネイサンが決めた瞬間は純粋に嬉しかったです。全員が頑張って、ハッスルして、ああいう勝負所をつくれたのは良かったです」と語り、頬を緩ませた。

雄たけびを上げる阿部©Basketball News 2for1

変幻自在のプレースタイルの根源とは

 5シーズン所属した島根を離れ、今シーズン仙台に移籍した阿部。大半のオフェンスでペリン・ビュフォード安藤誓哉がハンドラーの役割を担う島根では「コーナーで空いたら3Pを打つ」という事が主な役割だった。ディフェンスも安定しているため、ロールプレーヤー(特定の役割を遂行する選手)としての評価が高く、昨シーズンはレギュラーシーズン全60試合に出場。ただハンドラーではないため、16分51秒の平均出場時間でオフェンスのスタッツは3.8得点、1.1アシストと平凡だった。

 しかし、仙台では加入時に藤田HCから「日本人のアタックが大事だから、日本人を引っ張ってほしい」「背中で見せてほしい」というオーダーを受け、役割が一変。メーンのハンドラーとしてオフェンスを作り、現在のスタッツはいずれも自身過去最高の14.0得点、4.5アシストと大きく伸ばしている。全26試合で先発を務め、平均出場時間の28分3秒も最長だ。アシストはリーグ4位の数字であり、得点は日本人選手(帰化選手除く)の中で河村勇輝富樫勇樹安藤誓哉馬場雄大今村佳太という日本代表にも選ばれるリーグ屈指のスコアラーに次ぎ、6番目に高い。

 これ程の攻撃力を支えているのは、変幻自在のハンドリングと独特なリズムのステップだ。特段動きやドリブルのスピードが速いわけではないが、スクリーンの使い方や相手ディフェンスとの間合いの取り方、シュートやアシストのタイミングに優れる。琉球は途中から右ドライブを警戒する守り方をしていたが、それもピックを繰り返して打開するなど、対応力の高さも示した。

 記者会見では独特なプレースタイルの根源を聞かれ、こう答えた。

 「NBAのジノビリ選手が大好きで、彼のプレーを見て育ってきました。高校の頃、良くも悪くも、そういった面を伸ばしてくれた指導者のおかげで今があります」

記者会見で笑顔を見せる阿部©Basketball News 2for1

 アルゼンチン出身のマヌ・ジノビリはNBAのサンアントニオ・スパーズで4度チャンピオンリングを獲得したバスケットボール殿堂入りの名プレーヤーである。今でこそ学生も使うようになった「ユーロステップ」を広めた選手であり、ドリブルのリズムやパスのタイミングが独特で「トリックスター」と称された。ジノビリのプレーを見た事があれば、阿部が影響を受けていることに納得する人も多いだろう。

 現状では今シーズン最大のサプライズ選手と言っても過言ではない阿部に対し、同級生である琉球の今村も「移籍してすぐにブレークするのは難しいことだし、島根の時から役割も変わっていますが、彼は自分の強みが何かということを理解した上でプレーしていると思います。その上でアグレッシブさもあるので、それが今の彼を乗せている部分かなと思います。同じ年ですし、一緒に頑張っていきたいです」と、切磋琢磨するライバルの一人として見ているようだ。

 B1に復帰した昨シーズンは19勝41敗(勝率.317)で東地区最下位に沈んだが、今シーズンはこれまで12勝14敗(勝率.462)の5位と上位陣にくらい付いている仙台。藤田HCは「見てる人たちが感動するようなバスケットを目指して一つ一つの試合に全力を尽くし、30勝をターゲットに結果を求めていきたいです」と着実なステップアップを見据える。

 ただ、レギュラーシーズンが折り返す1月は佐賀バルーナーズアルバルク東京川崎ブレイブサンダース名古屋ダイヤモンドドルフィンズ宇都宮ブレックスと全て勝率5割以上のチームと対戦するため、目標達成に向けて正念場となる。阿部が琉球戦で見せたような活躍をスタンダードに発揮することは、タフなスケジュールで白星を重ねたいチームにとって不可欠な要素になるだろう。

(長嶺 真輝)

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