この日掲げられた背番号「5」の真新しい永久欠番フラッグと8,023人の大観衆が見守る沖縄アリーナのコートで、ミラクルが起きた。
10日、ホームに信州ブレイブウォリアーズを迎えた琉球ゴールデンキングスは、第4クォーター残り2分16秒で67ー79と12点ビハインド。敗色濃厚の中、静かに闘志を燃やす男がいた。生え抜き12シーズン目の岸本隆一である。
「絶対に負けられない一戦だった」
試合後には、球団の礎を築いた功労者の一人であるアンソニー・マクヘンリーACの永久欠番セレモニーが予定されていた。諦めない姿勢で何度もチームに劇的勝利を呼び込んだレジェンドの“DNA”を色濃く受け継ぐ背番号14が、土壇場で覚醒した。
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桶谷大HC「隆一で勝負しないといけない」
タイムアウト後、琉球ボールで再開。ベンチでボードを使ってプレーを指示した桶谷大HCが振り返る。
「勝つにしても、負けるにしても『自分が責任を負わないといけない』という男気を彼から感じていたので、最後はもう(シュートが)入ろうが入るまいが、隆一で勝負しないといけないっていう気持ちはありました」
ヴィック・ローが自陣からボールを運び、スピードを上げて右サイドからドライブを仕掛ける。トップの位置で今村佳太のスクリーンを使い、左コーナーで岸本がフリーに。ローからキックアウトのパスを受けてキャッチ&シュートを放ち、差を3点縮めた。
次のポゼッションではカール・タマヨが前線からプレッシャーを仕掛けてボールを奪うと、トップにいるローからパスをもらって今度は左45度から3Pをヒット。残り1分49秒、6点差。信州がタイムアウトを取った。
「岸本劇場」勝負を決める“テイクチャージ”で完結
「逆転できるかもしれない」。そんなブースターの希望の声が乗り移ったかのような盛大な「ディフェンス」コールを背に、再開後の信州のオフェンスもなんとかしのぎ、残り時間は1分9秒に。タマヨが足を痛めて中断し、シューターの松脇圭志がコートに入った。
ローにボールを預け、右サイドをドリブルで持ち上がる。今村と松脇のスクリーンを使い、トップから右45度に移動した岸本にまたもローからパスが渡り、一瞬の隙を突いてスリーポイントラインから1m以上離れた位置から迷わずディープスリー。綺麗な弧を描き、バックスピンの効いたボールがゴールに吸い込まれた。
残り1分ちょうど、3点差。
岸本の圧巻の3連続3Pで異様な空気に包まれる沖縄アリーナ。ドラマは終わらない。ローが信州のエンドラインからのパスをカットすると、左コーナーからショット。リングに弾かれるが、オフェンスリバウンドを掴んだ岸本がトップでフリーになっていた松脇にパスを送った。
ゆったりとした動きで狙いを定め、ディープスリーを放つ。信州のディオン・トンプソンのブロックの上をすり抜け、会場中の視線が一点に集まったボールがネットを揺らすと、爆発したように客席が沸いた。残り51.5秒、79ー79。わずか1分25秒の間で12-0のランを見せ、琉球が土壇場で追い付いた。
信州のタイムアウト後、またも激しいプレッシャーでターンオーバーを誘い、ローが右サイドのドライブからファウルを受けながらレイアップを沈める。外れたフリースローにジャック・クーリーが絡んでマイボールとすると、岸本が左サイドからの鋭いドライブで追加点を挙げて4点をリードした。
最後は信州のジャスティン・マッツのドライブに対して岸本がテイクチャージを奪い、勝利が決定的に。わずか2分ほどの間に一人で11得点を挙げ、ディフェンスやリバウンドでも存在感を放った“岸本劇場”が、ここに完結した。
「負けられない理由があったので、彼のために勝てて良かったと思います。この後もより大事な時間がありますので、皆さんちゃんと待っていてください。ありがとうございました」
マクヘンリーACの永久欠番セレモニーに花を添えた岸本は、ブースターを前にマイクを握り、誇らしさと安堵感の入り混じったような表情でそう語った。
マックへの思いと冷静さで「極限状態」に
2013年に琉球に入団し、マクヘンリーACと共に2013-14シーズン、2015-16シーズンの2度に渡ってbjリーグ制覇を成し遂げた岸本。マクヘンリーACが選手として琉球に所属したのは2008-09シーズンからBリーグ創設初年度となる2016-17シーズンまでの9シーズンで、現メンバーの中で同時期にプレーしたのは岸本と田代直希主将のみとなる。
特に岸本は共にコートに立っていた期間が長いため、より関係性は深い。この日の試合終盤における圧巻の活躍は、多くの劇的な勝利を琉球にもたらしてきたマクヘンリーACの現役時代を彷彿とさせる「ゴー・トゥ・ガイ」ぶりだった。
マクヘンリーACと同じく、琉球の永久欠番となっているジェフ・ニュートンや金城茂之ら懐かしい面々が参列したセレモニーの後に行われた記者会見では、改めて自身のプレーについて振り返った。
「あんまり考えない方が良かったのかもしれないですけど、マックのセレモニーがあって『負けられない』という部分と、昔の先輩方もセレモニーのために会場に来ていました。それもあり、極限の精神状態まで持っていけたのかなと思います。勝ちたい気持ちに加え、状況を正確に把握する冷静さみたいなものも持っているつもりです。そういうのが合わさって、最終的にああいうパフォーマンスに繋がったのだと思います」
時折笑みをこぼし、穏やかな表情だった。
マックのような「一緒にプレーしたい選手」が理想像
一方で、試合の振り返りでフォーカスを当てた部分は、自身のプレーの”その先”にあるものだった。松脇の同点3Pとローの勝ち越しレイアップを例に挙げ、こう語った。
「自分のプレーがきっかけで、チームメイトがアグレッシブにプレーをしてくれることが僕の理想の一つです。仲間の良いプレーを引き出すという意味で。だから、松脇やローのプレーはすごく嬉しかったです」
この理想像は、覚醒の原動力となったマクヘンリーACから学んだものだという。以下はマクヘンリーACから受け継いだものは何か、という質問に対する答えである。
「マックとプレーしてる中でずっと頭の中にあったのは、どういった選手とプレーがしたいと思うか、ということでした。たぶん彼とチームメイトになったことのある選手はみんな『マックとプレーしたい』と思うんです。それを自分のキャリアで考えた時に、『岸本選手と一緒にプレーしたら勝てるよね』とか『(一緒にプレーすると自分の)良いプレーに繋がるよね』と思われることに価値があると感じます。それを実際にやっていたのがマックでした。言葉で言い表せないくらいの多くのことを学ばせてもらい、それは今も続いています」
信頼を寄せているのは岸本だけではない。マクヘンリーACも「彼とは選手の頃から、お互いに必要だと感じた時に思っていることを意見交換しています。そのスタイルは、自分がアシスタントコーチになった今も変わっていません」と語り、深い信頼関係をのぞかせる。
この試合で、リーグで17番目となる個人通算4,000得点を達成した岸本。マクヘンリーACと同じく、琉球という球団にとって、既にレジェンド級の存在となっていることを改めて証明した一戦だった。
(長嶺 真輝)