鳴り止まない「ニッポン」コール、“祭り感”を演出する甲高い指笛の音、終盤でシュートが決まる度に沸き起こる割れんばかりの大歓声。日本初のバスケに特化したエンターテインメント施設、沖縄アリーナが生み出す強烈な“ホームコートアドバンテージ”が、アカツキジャパンに劇的な逆転勝利をもたらした。
FIBA男子ワールドカップに参戦している日本(1次ラウンド・グループE3位)は8月31日、17〜32位決定戦のグループOでベネズエラ(グループF4位)と対戦し、第4Qに最大15点差を付けられながら、86ー77で勝利を収めた。日本がリードしていた時間は40分間の内、わずか4分14秒。それでも沖縄アリーナを埋めたファンは勝利を信じて声を枯らし続け、選手たちの背中を押した。
試合後、エースのSF渡邊雄太がしみじみと語った。
「いやあ、もう本当に皆さんのおかげです。皆さんがいなかったら、こういう展開になってなかった。勝ったフィンランド戦も、負けたドイツ戦も、どれだけ点差を離されても、会場のファンが誰も諦めてない。本当に感謝しています」
1次ラウンド3試合の結果も引き継ぎ、日本の通算成績は2勝2敗。9月2日にあるカーボベルデ共和国(グループF3位)との試合で勝利すれば、日本を含むアジア6カ国の中でトップが決まり、パリ五輪出場が確定する。
要所でターンオーバー 第4Q残り8分で15点差
試合は渡邊の3Pで幕を開けるが、すぐに劣勢となる。ディフェンスでプレッシャーを強めて度々ターンオーバーを誘うも、オフェンスで3Pの確率が上がらない。ベネズエラにオフェンスリバウンドを取られてゴール下を決められたり、3Pを要所で沈められたりして先行を許した。
第3Qに入っても流れは変わらない。渡邊のブロックショットや2本連続の3Pで一時は1点差まで詰めたが、大事な場面でターンオーバーをしたりしてなかなか追い付けないもどかしい状況が続く。第4Q残り約8分の時点で、この試合最大の15点にリードを広げられた。しかし、選手たちに焦りはなかった。PG河村勇輝が振り返る。
「実力差は全然なくて、自分たちで崩れていった感覚の方が強かった。逆に言うと、15点差があった残り8分の時点でも、自分たちのバスケットを焦ることなくやり抜けば、ゲームを戻せるという自信はチームにも、僕にもありました」
劣勢の中でも決して止むことのなかった盛大なニッポンコールを背に、逆襲が始まった。
“世界の比江島”が第4Qだけで脅威の17得点
先陣を切ったのは河村だ。ドライブからレイアップを沈め、ディフェンスでも相手ガードに強烈なプレッシャーを仕掛けて相手のリズムを崩しに行く。
これに呼応するようにチーム最年長33歳のSG比江島慎が覚醒する。正面からこの試合で自身3本目の3Pを射抜く。6分を切って10点差。今度は相手の厳しいチェックを受けながら、右45度から3Pをねじ込み、ミドルシュートも決めて5点差に。まだ止まらない。左45度からキャッチ&シュートで3Pをヒットさせ、一気に2点差まで詰めた。
会場のボルテージが一気に上がり、すり鉢状のアリーナに響く歓声が追い上げムードを増幅させる。3分ほど一進一退の展開となったが、勝負を決めたのは、やはり比江島だった。1点差の残り1分55秒でファウルをもらいながらゴール下を決め、ついに逆転。河村の3Pを挟み、残り47秒でまたも比江島が3Pをヒットさせてリードを5点に広げ、大きな一勝をものにした。
中一日の日本に対し、ベネズエラは2日続けての試合となったため、比江島は「相手は終盤に足が止まると思っていたので、絶対に自分たちの流れが来ると信じてプレーしていました。最後はプラン通りでした」と振り返る。
自身はチームトップの23得点を挙げ、そのうち17点を勝負所の第4Qで記録した。10年以上に渡って代表をけん引し、いずれも全敗だった2019年の前回W杯や21年の東京五輪もコートに立った。その蓄積が、自らの力に変わった。
「今まで惜しいところまでいっても最後に勝ち切れないという経験を何回もしてきたので、慌てることなくやれた。これまでの悔しい経験も含め、それが欲しくてトムさんは自分を選んでくれたと思う。その経験を生かせて良かったです」
頼もしいベテランの活躍に対し、勝因を問われたSF吉井裕鷹は「世界の比江島でしょう。チーム内ながら、リスペクトしてます」と称賛。若手のSG富永啓生も「もうすごかったですね。打ったら入るような感じがありました。あのシュートで自分たちの流れになった。本当に頼もしかったです」と驚きを交えて語った。
アカツキファンと琉球ブースターが“融合” 生み出す熱気
試合後、歓喜に包まれる沖縄アリーナには、沖縄の宴会や祝いの席で使われる曲「唐船ドーイ(とうしんどーい)」が流れていた。太鼓と三線の音が生み出す小気味良いリズムと共に、一体となった選手、チームスタッフ、総立ちの観客が喜びを爆発させていた。それは、普段沖縄アリーナをホームとする琉球ゴールデンキングスの勝利後と見紛うような光景だった。
19得点、11アシスト、4リバウンドを記録した河村は、汗ばんだ顔に笑みを浮かべながら、力を込めて言った。
「もし日本じゃないアリーナでこのバウンスバックができていたかというと、ちょっと考えるのが難しいくらい、ファンの皆さんの声援は本当に素晴らしいと思います。すごく心強いです」
続けて「沖縄アリーナをホームに感じますか?」と問うと、即答した。
「ホームだと思います」
昨シーズンのBリーグで琉球が初優勝を果たす上で大きな力となった沖縄のブースターに加え、全国から集ったアカツキジャパンのファンのエネルギーが混ざり合い、日本戦の度にとてつもない熱気を生み出している沖縄アリーナ。沖縄から、パリへ。日本男子にとって48年ぶりとなる自力での五輪出場権獲得が懸かる8月2日のカーボベルデ戦でも、「諦めない」ファンが選手たちを強烈に後押しする存在になることは間違いない。
(長嶺 真輝)