今年の1月下旬、沖縄アリーナのサブアリーナ。
琉球ゴールデンキングスのメディア向け公開練習が終わり、選手やスタッフが全員引き上げた静かなコートで、一人トレーニングに励むプレーヤーがいた。当時は琉球の練習生で、今シーズン25歳にして信州ブレイブウォリアーズでプロデビューを果たした山本楓己である。
ボールスタンドをトップの位置に置き、ピックプレーを想定してドリブルをついて3Pやレイアップを打つ。自身の体の動かし方を確認しながら、様々なバリエーションでそれを何度も繰り返す。
筆者は取材を終えて帰路に着こうとしたが、黙々とトレーニングに取り組む山本の姿に目を奪われ、またカバンからカメラを取り出した。パシャパシャと撮っていると、こちらに顔を向け、笑みを浮かべながら少し恥ずかしそうに言った。
「自分、選手じゃないですよ」
話し掛けてくれた事で、聞いてみたかったことを尋ねることができた。この日の一週間前、共に琉球の練習生として切磋琢磨してきた植松義也が沖縄アリーナのメインコートに立ち、大黒柱であるジャック・クーリー不在のチームに勝利を呼び込む活躍を見せていた。「植松さんの活躍は刺激になりましたか?」。当然と言わんばかりに、笑顔で一言。
「めちゃくちゃなりますね」
そしてまた、トレーニングに戻って行った。
あれからおよそ10カ月半。信州の主力として定着してきた山本が、約8千人もの観衆が見守る中、憧れの沖縄アリーナの「メイン」コートで躍動した。
目次
2試合とも「+」攻守で存在感
9、10の両日、沖縄アリーナで行われた信州対琉球の第11節。
信州は81-83、79-83で連敗したが、昨シーズン王者で現在西地区首位の琉球に対して、いずれの試合もリバウンド数で上回るなどハードに戦い、けが人が多い中で対等に渡り合った。特に2試合目は、残り約2分から12点差をひっくり返される悔しい逆転負けを喫したが、試合の大半は攻守で琉球を上回る精度のバスケを展開した。
そんな中、山本もしっかりとポイントガードとして存在感を発揮した。
同じPGのロン・ジェイ・アバリエントスがチームトップの22得点を挙げた1戦目は、16分25秒出場して5得点、2アシストを記録したほか、スティールを2つ奪って持ち味のディフェンスで貢献。アバリエントスが負傷欠場した2戦目はピックプレーからドライブして難しい体勢でレイアップを沈めたり、コーナースリーを決めるなど9得点。1戦目から順に±(プラスマイナス、出場している時間帯のチームの得失点差)は「+3」「+15」だった。
2戦目の試合後会見では、山本は「勝ち切れず、正直な気持ちを言うとがっかりはしていますが、いい部分もたくさんあった。昨シーズンの王者相手にこういうゲームを2日間通してできたことは、これまでの信州にはなかった。チームとして自信につながると思います」と語り、前を向いた。
信州はこれで8連敗となったが、山本が言うように琉球との2連戦ではディフェンスでハッスルしたり、オフェンスでは内外から得点を決めたりしてポジティブな面を多く表現した。12月は島根スサノオマジック、サンロッカーズ渋谷、三遠ネオフェニックス、宇都宮ブレックスと強豪とのカードが続くが、近く連敗から脱する可能性は十分にあるだろう。
憧れの選手と対戦して「感慨深い試合だった」
沖縄アリーナの「サブ」から「メイン」のアリーナに舞台を移し、堂々としたプレーを見せた山本。個人としての感想も語った。
「この2日間を通し、沖縄アリーナという最高の環境でプレーして、すごく感慨深い試合でした。憧れのアリーナで、憧れの選手たちとコートで対戦できたことは、今後の僕のキャリアにとってすごく大きなことだと思います」
フリースローを打つ時には岸本隆一や今村佳太から「楓己、外せよ」などと冗談で声を掛けられていたと言い、「2人はもう余裕があるので、試合中も笑顔でやってるけど、僕はすごい必死だったので愛想笑いでごまかしました(笑)。でも去年の自分を見ていてくれていたので、『頑張って』とねぎらいの言葉を掛けてもらえたことはすごく嬉しかったです」と頬を緩ませる。
1年間に及んだ琉球の練習生の頃、メインのアリーナで自身がプレーする姿は「明確に想像ができたかと言ったら嘘になる」と言うが、信念がぶれることは一度もなかった。
「自分がこういう舞台でやれるという自信は持ち続け、(練習生の頃の)1年は特に頑張ってきました。証明してこられている部分もあるし、もっともっと証明していかないといけない部分もあります」
この2連戦ではベンチに入らなかったが、練習生の頃から刺激を与え合っている琉球の植松とは、長い目で見た時にどういう選手になっていくことが大事なのか、という事をよく話し合っているという。その上で「チャレンジするという気持ちは、バスケットボールキャリアで持ち続けたいと思います」とさらなる成長を誓った。
「もっと仕掛けてきてほしかった」岸本隆一から“熱いエール”も
会見では、2戦目の最終盤で3連続3Pを沈めるなどして劇的な逆転勝利を呼び込んだ岸本に、山本の印象を聞いてみた。
「練習生をやっていた頃から、ポイントガードとしての才能はあると思っていたので、プレーする環境さえ与えられれば、それなりの結果を残す選手だと思ってました。だから、彼自身のパフォーマンスにはいい意味であんまり驚きはなかったです。これぐらいはやるよな、と」
山本を高く評価してこその“要求”も口にした。
「チームの中でのプライオリティ(優先事項)はあると思いますが、ただそれをエクスキューション(遂行)するだけでは勝ち取れない部分も必ずある。彼自身がもっとリスクを冒すべき場所で、しっかりチャレンジしながら、より自分の価値、パフォーマンスを上げていってほしいです。もっともっと仕掛けてきてほしかった。『まだちょっと遠慮してるな』と感じたので。それも彼自身の良い経験になってくれればいいので、まずはお互い、怪我なくシーズンを通して戦っていけたらいいなと思います」
同じポイントガードで、身長もほぼ同じ。33歳とベテランになった今も勝負強いプレーを維持する岸本に対し、山本も尊敬の念を抱いている。
「今日も頑張ったんですけど、最後に隆一さんに全部持っていかれたんで、霞んでしまったと思います。やっぱりすごいですね。ああいうお客さんが期待してる場面でしっかり結果を出す。1人の選手として、すごく見習うべきところだなと思っています」
悩んでいる選手の“希望”に 日々の努力で成長を
Bリーグに所属する選手の中で身長が特別に高いわけでも、際立った身体能力やスキルがあるわけでもない。それでも山本は2年間の無所属期間、1年間の練習生を経て、プロの世界で自分の居場所を見付けつつある。
「僕みたいな選手がどんどん活躍していくことによって、同じように悩んでる選手たちが『山本楓己でもできるんだったら』と感じ、彼らの希望になれると思っています。そういう選手たちのためにも頑張りたい。それが僕にとってすごいモチベーションになっています」
バスケットボールに対する誠実な姿勢は、1人、沖縄アリーナのサブアリーナでボールをついていた頃と変わらない。日々の地道の努力が、山本をさらに上のステージへと押し上げてくれるに違いない。
(長嶺 真輝)